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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)11523号 判決 1998年9月03日

主文

一  被告は原告に対し金一億円及びこれに対する平成九年一一月二七日から支払済みまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し主位的に否認権の行使により、予備的に破産者と被告との間の契約終了による金員返還請求権により右請求記載の金員の支払を求めるものである。

一  当事者間に争いのない事実

1  訴外木津信用組合(以下「木津信用組合」という。)は、平成九年一月二四日、岩井建設株式会社(以下「破産会社」という。)に対し、大阪地方裁判所に破産の申立てを行い(同庁平成九年(フ)第一八〇号)、平成九年二月一〇日、破産会社に対し破産宣告決定がされ、右同日、原告が破産会社の破産管財人に選任された。

2  破産会社は、平成八年九月二日、訴外大阪市(以下「大阪市」という。)との間で、左記内容の工事請負契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

工事場所 大阪市住吉区<略>

工期 着工期日 平成八年九月二日

完成期限 平成九年一二月一五日

請負代金 五億二五一六万四〇四〇円

工事名称 南住吉第二住宅第三期(二区)建設工事

工事名称 南住吉第二住宅第三期(二区)建設工事

3  被告と大阪市とは、平成八年一〇月一六日、本件請負契約に基づき大阪市が破産会社に対して支払う前払金について、左記内容の保証契約を締結した(以下「前払金保証契約」という。)。

破産会社がその責めに帰すべき事由により本件請負契約上の債務を履行しないために、大阪市が本件請負契約を解除した場合、被告は、大阪市に対し、既払いの前払金及び出来形払金から工事既済部分に対する代価に相当する額を控除した残額を、破産会社に代わって支払う(第一条)。

大阪市は、第一条の事由によって請負契約を解除しようとするときは、あらかじめその旨を被告に通知しなければならない(第六条第二項)。

保証金額 二億円

保証期間 平成八年一〇月一六日から平成九年一二月一五日まで

4  破産会社と被告とは、右同日、破産会社が訴外なにわ銀行住吉支店(以下「なにわ銀行」という。)に預託する右前払金の払戻に関し、左記内容の特約を締結した(以下「本件特約」という。)。

(一) 破産会社について次の各事由の一つでも生じた場合で被告において前払金の適正使用が見込めないと判断するときは、破産会社は、なにわ銀行に預託中の前払金残金を直ちに被告名義の預金に移管する(第三条第一項)。

破産、和議開始、会社更生手続、会社整理開始もしくは特別清算開始の申立

(二) 被告が破産会社に代わり直接預託金融機関に申し出て前払金残金の移管手続を行うため、破産会社は被告に対し、契約時に次の書面を差し入れることとする(第三条第二項)。

普通預金払戻請求書(銀行届出印押捺)

前払金払出依頼書(銀行届出印押捺)

(三) 破産会社は、第三条により移管を受けた前払金残金(移管後発生する預金利息を含む。)の管理を、次のとおり被告に委託する。

請負契約が解除され、発注者の既払い金額と破産会社の施工部分の工事出来高金額との差引清算後前払金が過払いとなっているときには、その余剰額を当該過払額として発注者に返還する(第四条第二項二号)。

5  大阪市は、平成八年一〇月二八日、本件請負契約に基づく前払金二億円を破産会社のなにわ銀行の預金口座に送金して支払った。

6  木津信用組合が平成九年一月二四日に破産会社に対し破産申立を行ったため、これを知った被告は、平成九年一月二八日、本件特約に基づき、破産会社が右預金口座に預託している前払金残金一億円の払戻を受け、これを被告名義の預金に移管した。

7  平成九年二月六日、大阪市は、被告に対し、前払金保証契約に基づき本件請負契約を解除する旨を通知したうえで、右同日、本件請負契約を解除した。

8  大阪市は、平成九年二月一九日、被告に対し、前払金保証契約に基づいて、前払金二億円および出来形払金一六四二万円から工事既済部分の代価相当額四八八八万五五八八円を差し引いた保証金一億六七五三万四四一二円の支払を請求し、被告は、平成九年三月三日、大阪市に対し、一億六七五三万四四一二円を支払った。

二  争点

1  否認権行使

(原告の主張)

被告は、平成九年二月一九日、破産会社から移管を受けた一億円を破産会社に対する求償債権の弁済に充当した。すなわち、

(一) 大阪市が平成九年二月六日にした本件請負契約解除により、破産会社の大阪市に対する過払いの請負代金返還債務(前払金の返還債務)一億六七五三万四四一二円の弁済期が到来し、破産会社は被告に対し民法四六〇条による求償債務を負っていた。

(二) 被告は、破産会社が破産申立を行った後、これを知りながら、平成九年一月二八日、破産会社が預託している前払金一億円の払戻を受け、被告名義の預金に移管し、平成九年二月一九日、これを払い戻して破産会社に対する求償債権の弁済に充当した。

(三) これは破産法第七二条二号に該当するものであるから、本訴状において被告による右弁済を否認する。

(被告の主張)

被告は、平成九年一月二八日、本件特約第三条に基づき、破産会社が発注者の大阪市から支払を受けていた公共工事の前払金残金一億円(実際には利息分の四八二三円との合計一億四八二三円)の寄託を受け、これを同年三月三日に前記特約第四条二項二号に従って発注者の大阪市に返還したものであって、破産会社の被告に対する求償債務の弁済に充当したものではない。

破産会社の被告に対する求償債務が発生した時期は、破産会社から寄託を受けた前払金を被告が本件特約に基づいて発注者の大阪市に返還した後に不足した六七五二万九五八九円を大阪市に支払った平成九年三月三日であり、その金額も六七五二万九五八九円であって、被告は、原告が破産管財人を務める破産事件(大阪地方裁判所平成九年(フ)第一八〇号)につき、右求償債権を破産債権として届け出済みである。

2  契約終了による返還請求

(原告の主張)

仮に、被告が右前払金を破産会社に対する求償債権の弁済に充当していないとしても、破産会社の破産により、委任契約である本件特約は終了したので、原告は被告に対し、受任者の受取物引渡義務(民法第六四六条一項)により右一億円の返還請求権を有する。

(被告の主張)

本件特約は破産によって終了しない。

(一) 本件特約には、公共工事の前払金の支払を受けた請負者に経営破綻の恐れが生じたときに、法令によって義務づけられた前払金の適正使用を期するために、当該前払金の使途監査の権利義務を有する被告に対し、<1>当該前払金の残金を被告名義の預金に移管すること及び<2>右の移管手続の後に発注者から請負契約が解除され、発注者の既払い金額と請負者の施工部分の出来高との差額精算後、前払金が過払いとなっているときには、その余剰額を発注者に返還するとの定めがある。これらの定めは、公共工事の前払金が税金を原資とするものであって、請負者の一般財産と区別して管理すべきものであることを前提にしたものである。

右の<1>の契約は寄託類似の契約とみることができ、<2>の契約は<1>の契約によって被告名義の預金に移管された前払金残金の返還を定めたもので、被告の手によってのみ返還手続が可能なことを考慮すれば、<1>の契約に付随する契約とみることができる。

したがって、本件特約は、請負者に経営破綻を示す一定の事情が生じた場合において、公共工事の前払金の移管や発注者への返還等を定めた無名契約ということができる。

本件特約のうち、<2>の特約は破綻した請負者に代わって、法令により前払金の使途監査の権利義務を付与された被告が被告名義に移管済みの前払金残金を発注者に返還する手続をとることを定めたものである。

請負者は、経営破綻等により前払金の適正使用が期待できないような事情が生じた場合、特約により前払金残金を被告名義の預金に移管することを事前に承諾しているが、前記のとおり、一旦被告名義の預金に移管された前払金残金は、手続上、被告の手によらなければ発注者に返還できない。その意味では、<2>の特約は、<1>の契約に付随する契約と解釈でき、敢えて別異の契約とする必要はない。

(二) 仮に、右<2>の定めをもって<1>と別異の委任契約と解したとしても、本件特約は、委任者の破産によって終了すべき契約とみることはできない。

一般に、委任契約の終了事由を定めた民法の規定は、強行規定ではないとされており、反対の特約が許されるものである(我妻「債権各論中巻二」六九五ページ参照)。但し、委任者が破産した場合には、「その者の財産の管理・処分は破産管財人に帰属する」との理由により、原則として委任契約は終了するものとされている(同書六九七ページ参照)。しかし、委任者破産の場合でも、委任事項が「破産財団に属する財産」に関するものではない事項に関する場合は、委任は終了しないとの特約も許されるものである(同書同ページ参照)。なぜなら、破産財団に属しない財産については破産債権者に対する配当の対象となる財産ではないので、敢えてその処分を破産管財人に委ねる必要はないからである。

公共工事の前払金は、税金を原資とするものであり公共工事を円滑に行わせるために発注者から請負者に支払われるものであって、請負者の一般財産と混入することのないよう管理され、その使途も当該工事の材料費、労務費等に限定され、適正な使途に関する資料がなければ払い出しができないものである。したがって、請負者が破産した場合や和議の申立をした場合でも、前払金に残金があればこれを発注者に返還する手続が採られ、当該手続に裁判所の許可が必要な場合は裁判所の許可がなされている。

以上のとおり、公共工事の前払金は、破産財団に属する財産でないことが明らかであるから、法令により前払金の使途監査の権利義務を有する被告が請負者の破産後に被告名義に移管された前払金残金を請負者に代わって発注者に返還することを定めた本件特約は、仮に委任類似の性質を有していると解しても委任者(請負者)破産によって終了させなければならない合理的な理由はないから、委任者(請負者)破産によっても終了しないというべきである。

第三  争点に対する判断

一  否認権の行使

1  求償債務の弁済充当

(一) 前記当事者間に争いのない事実によれば、被告は、大阪市に対し、本件請負契約に基づき大阪市が破産会社に対して支払う前払金について、右契約が債務不履行解除された場合、既払いの前払金及び出来形払金から工事既済部分に対する代価に相当する額を控除した残額を破産会社に代わって支払うという保証債務(以下「前払金保証債務」という。)を負っていたところ、大阪市が平成九年二月六日にした本件請負契約解除により、破産会社の大阪市に対する過払いの請負代金返還債務(前払金の返還債務)一億六七五三万四四一二円の弁済期が到来したから、破産会社は被告に対し民法四六〇条による事前求償債務を負ったということができる。

(二) 前記当事者間に争いのない事実及び甲第六号証を総合すれば、被告は、破産会社が破産申立を行った後、これを知りながら、平成九年一月二八日、破産会社が預託している前払金一億円(実際には利息分の四八二三円との合計一億四八二三円)の払戻を受けて被告名義の預金に移管し、平成九年二月一九日、これを払い戻したことが認められる。

(三) そうすると、被告は、平成九年二月一九日、一億四八二三円を払い戻した時点で、破産会社の被告に対する一億六七五三万四四一二円の事前求償債務のうち一億四八二三円につき、弁済充当したということができる。

そして、被告は、平成九年三月三日、大阪市に対し、請求にかかる前払金保証債務一億六七五三万四四一二円を支払ったから、残求償債務が差額の六七五二万九五八九円となったのであり、乙第一号証の一、二、第二号証とも符合する。

2  したがって、破産法第七二条二号により右弁済を否認するとの原告の主張は認められる。

二  契約終了による返還請求

1  本件特約は、破産会社が、なにわ銀行に預託中の前払金残金を直ちに被告名義の預金に移管して、本件請負契約が解除され発注者の既払い金額と破産会社の施工部分の工事出来高金額との差引清算後前払金が過払いとなっているときに余剰額を当該過払額として発注者に返還するという事務を被告に委託するというものであるから、委任の性質を有しており、仮に、被告が右前払金を破産会社に対する求償債権の弁済に充当していないとしても、破産会社の破産により、委任契約の性質を有している本件特約は終了した(民法第六五三条)ので、原告は被告に対し、受任者の受取物引渡義務(民法第六四六条一項)により右一億円の返還請求権を有する。

2  争点2(一)の被告主張のとおりとしても、本件特約の<2>の部分が委任の性質を有していることを否定し得ず、そうであるなら、民法の委任の規定の類推適用を否定し得ない。

争点2(二)の被告主張のうち、公共工事の前払金が、税金を原資とするものであり、公共工事を円滑に行わせるために発注者から請負者に支払われるものであって、請負者の一般財産と混入することのないよう管理され、その使途も当該工事の材料費、労務費等に限定され、適正な使途に関する資料がなければ払い出しができないものであるとの点については、乙第三号証が沿うのであるが、請負者の一般財産と混入することのないよう管理されるという意味は、右前払金が新たに設けられた請負者の普通預金口座に振り込まれて管理されるということであり、質権その他別除権が設定された等法律上破産財団に組み込まれない措置が取られたというわけでないから、請負者の一般財産というほかなく、請負者破産の場合に破産財団を構成するという点においては、他の請負者の財産と変わりはない。

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